「淡路市」「洲本市」「南あわじ市」市名決定の経緯

平成の大合併により誕生した「淡路市」「(新)洲本市」「南あわじ市」について、その名称決定の経緯をまとめました。

将来の淡路1市に向けて「淡路市」は残そうという動きもある中、各合併協議会で新市名の公募が行われた。旧町名は使用しないとした南淡地区は「南あわじ市」に決定。同じく旧町名を使用しないとした洲本地区は「洲本五色市」に決定するも、合併がいったん白紙となった末「洲本市」に決定。新市名において制限を設けないとした北淡地区は、旧”淡路町”を継ぐ形で「淡路市」に決定。

市名決定の経緯

「あわじ市」実現に向けて1市3町(洲本、五色、津名、一宮)の合併協議会が2002/2/4に設置される(一宮町は4月から参加)。の中で、新市名候補12案が下記の通りに決定する。《広報広報

あわじ市、淡路市、くにうみ市、おのころ市、淡路島市、いざなぎ市、国生市、あわ路市、中央淡路市、中央あわじ市、先山市、みずほ市

これに対し、「淡路」の名称がつく市名について議論があった?《議事録》この合併協議会については、五色町長の逮捕などがあり2003/1に解散。《議事録

緑町・西淡町・三原町・南淡町合併協議会(以下、南淡合併協)の第1回会議(2002/4/24)で、吸収合併のイメージがあるため現町名は新市の名称として使用しないという提案があり、第2回会議(2002/5/22)で確認された。第1回新市名小委員会(2002/6/5)で公募方法が確認された。《開催状況開催状況合併協だより

洲本市・五色町合併協議会(以下、洲本合併協)の第1回会議(2003/2/25)で、「あわじ市」に関して県民局長を交えた意見交換。事前に3市で調整ということはないが、3市が全て「あわじ市」と言い出したりする場合には調整が必要。また、新市名については旧市町名を使わないことを確認。《議事録

津名郡5町合併協議会(以下、北淡合併協)の第1回会議(2003/2/27)で、「淡路市」に関して県民局長を交えた意見交換。3市が全部「淡路市」を名乗ったとしても県議会で否決されるだけ、市名についてはその地域だけの問題でなく淡路全体にとって影響があるため近隣市町と協議してやっていく必要があると県民局が提示。以前の合併の枠組み(1市3町)では淡路町として「淡路町」の名前を使うと困るという話があったが、津名合併協においては「淡路市」の名称に決定してもよいということが確認される。《議事録

南淡合併協の第9回会議(2003/3/5)、第10回会議(2003/3/26)で、新市名公募の応募総数等の状況が報告され、6350件・2334種類の応募があったことが明らかにされた。《開催状況開催状況合併協だより

南淡合併協の第3回新市名小委員会(2003/4/2)で、全応募作品の中から協議会へ提出する19件の新市名候補が策定された。《開催状況

洲本合併協第2回会議(2003/4/24)で、新市名決定のタイムスケジュールについて議論。淡路全体では「淡路」の取り扱いの調整が必要になってくるという話があり、「淡路市」については広域で問題提起しているということが示される。《議事録

南淡合併協の第12回会議(2003/5/7)で、新市名候補の第1次選考が行われ、19件の中から4件が選定された。19件の候補に含まれていた「淡路市」は、1次選考から外れることとなった。第14回会議(2003/6/25)で第2次選考が行われ、「南あわじ市」が新市名となった。《開催状況開催状況

北淡合併協第4回会議(2003/6/12)で、5/30に行われた新市名称検討小委員会について報告がある。市名は公募とし、5町関係の住人を範囲とすることとした。また、5町の名称の取り扱いについては、特に条件を設けないとした。《議事録資料

北淡合併協第5回会議(2003/7/10)で、6/19に行われた新市名称検討小委員会について報告がある。新市名の選定方法について確認。《議事録

洲本合併協第5回会議(2003/7/24)で、新市名募集要項案について提示される。公募の範囲や、旧市町名の可否について議論が行われる。議論の結果、応募資格に特に制限は設けられず、旧市町名・あわじ市・淡路市は使用しないことが決定される。《議事録資料

北淡合併協第7回会議(2003/9/11)で、同日に行われた新市名称検討小委員会について報告がある。新市名称募集結果について、359種類の中から一次選定として17作品、二次選定として10作品が選定されたことが報告された。《議事録

北淡合併協第8回会議(2003/10/9)で、市名の決定方法について「ひらがな/漢字表記の票割れ」「決選投票にすべき」などの議論。最終的にひとり2票を投じ、上位3点を持ち帰り、次回選定することにした。《議事録

洲本合併協第8回会議(2003/10/23)で、新市名の募集結果について報告がある。公募で「旧市町名は使わない」としたにもかかわらず、「洲本」「五色」という名前の応募が多かったとされる。《議事録

北淡合併協第9回会議(2003/11/5)に、新市名称決定の投票が行われ、「淡路市」に決定する。《議事録

洲本合併協臨時会議(2003/11/7)で、新市名「淡路市」について議論が行われる。《議事録

北淡合併協第10回会議(2003/11/5)で、本来今会議で行う予定だった新市名”名付け親賞”の抽選について、名称再考を求める意見が出ていることから抽選を延期することになった。《議事録

南淡合併協第20回会議(2003/11/19)で、新市名「淡路市」の再考に関する要請を行ったことが報告される。《開催状況

洲本合併協第9回会議(2003/11/27)で、11/7に津名合併協・淡路県民局・兵庫県知事あてに申し入れを行ったことが報告される。11/29の北淡合併協を受けて、12/8の臨時会議で議論を進めていくことを確認。《議事録

北淡合併協臨時会議(2003/11/29)が開催され、新市名「淡路市」決定までの経緯が確認される。市名の再考について洲本合併協・南淡合併協を含め7団体から要望・申し入れが来ていることが明らかにされる。市名を変更する必要はない、むしろ洲本合併協・南淡合併協に問題があるという意見が大勢を占め、新市名「淡路市」の変更は行わないこと、各団体に返事を出すことが決定する。《議事録議事録

洲本合併協臨時会議(2003/12/8)で、北淡合併協臨時会議(11/29)の中で”捏造された話”があるということが報告され、また新市名「淡路市」の変更を求め続けていくことが確認される。新市名称として「シオン市」を推すグループについて話題が出る。《議事録

北淡合併協第11回会議(2003/12/11)が開催され、新市名称決定に係るご理解のお願いについて文書を提出することを確認。《議事録

洲本合併協第10回会議(2003/12/25)で、12/8に検討委員会が行われ新市名称の選定方法などについて検討が行われたことが報告される。4740通の公募の中から第1次選定として5作品が選定される。委員投票の結果、「洲本五色市」が新市名として決定する。北淡合併協からの新市名理解のお願い文書が共有され、洲本合併協として納得できない旨意思表明することが決定する。《議事録

その後、洲本合併協は第15回(2004/6/12)開催後に白紙撤回となり《広報》半年以上の中断を挟み、第16回会議(2004/12/27)が開催される。この中で両市町長の署名入りの「洲本市・五色町の合併に関する基本的な考え方」が示され、この中で「新市名は洲本市とする」方針が示された。洲本という1000年の歴史を有する名前を残すことに五色町長に理解いただいた、名前は洲本市とするが中身の部分をどのようにしていくか、ということだった。《議事録資料住民アンケート
洲本合併協での合併協定書調印後、2005/3/9の五色町議会で合併議案が否決される(賛成5、反対6)。翌日、五色町長が県民局に呼び出され、後に辞任《県議会議事録》。3/29に召集された町臨時議会では可決された(賛成6、反対5)。《広報

三者の言い分

新市名「淡路市」について、北淡合併協、洲本合併協、淡路県民局の言い分(それぞれに所属する委員の意見)を整理しました。

洲本合併協淡路県民局北淡合併協
《淡路1市に向けて》
◆将来の淡路1市に向けて「淡路市」は使わないようにしようというのを市町村会で何度も提案してきているが、淡路町長から異議があった。
◆議決をとったり議事録をとったりというのではなく、その都度言っていた。
◆将来、淡路は一つにならないという感じがある。
◆「淡路市」を温存しておこうという話があったことは承知しているが、その約束があったことは承知していない。「淡路市」を使わないとしたのは洲本・南淡の合併協であって、津名合併協はそうはしていない。◆新市の名称に淡路市を使う、使わないという申し入れをしたかというと、そういうものはない。
◆淡路1市構想を崩しにかかったのは三原郡。洲本は思惑が外れたから津名郡の合併研究会に入ってきたが思い通りにならないので抜けた。抗議すること自体がおかしい。
◆淡路1市になる目安がついているなら考えるが、そうはなっていない。淡路1市まで時間が掛かるのであれば、どこかが淡路市を名乗りながら淡路をPRすることは、淡路島民異論がないと思う。
◆淡路1市になった時に淡路市を使うという前提は、将来の合併協議会に対する冒涜である。
◆「淡路市」は将来の淡路を見据えた素晴らしい誇りに思う名称であり、ほかの合併協からとやかく言われることはない。一日も早く本当の淡路市(淡路1市)ができることを期待する。
◆将来に遺恨を残すということはない。
一地方が”淡路市”を名乗ることについて
◆”淡路”というのは誰の所有権でもなく、淡路島全体を表現する総称であるので、島民全部の財産とする必要がある。県民局長もそういう認識でしてもらわないと、ということであったし、三原郡はそれを守った。
◆「淡路町」のころは10町のうちの1町だったが、今回は3市のうちの1市であり事情が異なる。
◆”淡路”という大きな名前を一地方が使うのはどうか。
◆昭和の合併のころに「淡路町」は問題になったのか。「淡路高校」の名称をつけるときに問題になったのか。◆淡路町が存在する中で、淡路という名前は除外するということは取れない。
◆淡路町のときに文句をいわず、町が市になるときにいうのは人権の侵害である。
◆他の市の権利を侵すものではない。
“淡路”名称のブランド化について
◆”淡路”の名称のブランド化を進めてきた中で、淡路市がその名称を使うことに対して苦情も来ている。淡路市がいつ「淡路という名称をを使わないで」となるかもわからない。
◆淡路というのは”淡路の国”のことであって、淡路市のことではない。
◆淡路町が40数年の歴史で”淡路”のためにやってきたことがある。それを考えると大変失礼な言い方であると、怒りを覚える。過去に淡路町が淡路ブランドを傷つけることがあったか。
◆淡路ブランドが崩れるということについては、淡路町民も多くの方が怒りに思っている。
紛らわしさ・他への影響について
◆島外からも紛らわしいという声が出てきている。
◆”淡路”と名称の付くものが洲本に多いが、その名前を変えることができるのか。例えば民間で印刷物の総替えをするのかしないのか、など。島外の人に利害に直結する誤解を与えることが予想される。相当な混乱が起きる。
◆紛らわしい名前であれば今後に課題を残すが、紛らわしい名前でない以上は、それぞれの地域が協議をして決めた名前を尊重せざるを得ない。◆淡路ブランドの”淡路”と、淡路市の区別がつかないほど馬鹿な人はいない。混乱も起きない。
◆昔は三原の国衙、その後に由良、そして洲本に町が移っていった。将来にわたって官庁を洲本に置くべきという話はない。
淡路県民局や県、総務省に関して
◆県民局長は何のために合併協に出席しているのか。調停を期待する。その役割を放棄するのはおかしい。
◆県民局長から「使わないほうがよいのでは」ということは言わなかったのか。県民局長は各協議会を回り一番事情を把握しており、信頼していたのに残念だ。
◆津名合併協が聞く耳を持たないようであれば、県や総務省に持っていくべき。
◆心外である。指導的役割を担っているのは確かだが、それぞれの合併協の決定を可能な限り尊重するのも役割である。
◆南淡合併協・洲本合併協が「淡路市」を使わずに進めているということは伝えた。ただ、望ましいとか望ましくないとかは申し上げていない。
◆県も総務省も、合併協や各町長に何か申し上げられる立場ではない。
進め方に問題はなかったという主張に関して
◆第1次選考では北淡路が多かった。新聞にも「反発必至」とあり、淡路市は残しておくべきというのが淡路島民としての総意というのがマスコミのとらえ方であった。
◆ほとんど「北淡路」で決まっていたところ、津名合併協会長が「淡路市」に誘導した。毎日新聞にも暗示的な発言があったと書かれている。
◆津名合併協で最終3候補に絞られたこともオープンになっている。こういう話がもっと早く起こり、島民の声として「淡路市はとっておこう」となっていれば、今回のようになっていなかったのでは。◆公募において条件は設けないということは5月~6月には明らかになっており、その後も9月に10候補が決定、10月に3候補に絞ったということも公開している。出し抜けや突然ということはない。
◆法定協議会は住民の声を基にして進めている。これまでの経過から、変更する必要がなければ、要望・抗議もお断りすべきである。
道義的・信義的観点から
◆首長が決めたことを簡単に破るということは信頼性に欠ける。淡路市が聞く耳を持たないようであれば、広域水道の一本化にも懸念がある。
◆1市3町の時もそうだったが、北淡合併協会長は信頼できない。
◆法的には問題ないかもしれないが、道義的には許しがたい。
◆すべてが疑心暗鬼になる。住民の信頼を取り戻してもらいたい。
◆約束や契約があったわけではないので信義にもとることはないし、道義という言葉が当てはまるとも思わない。大げさな言い方はやめてほしい。
発言の”捏造”に関して
◆(右記の津名合併協委員の発言について)五色の連合会長に確認したが、そういうことは話していないということだった。このほかにも津名合併協委員の発言には捏造があり、非常に遺憾である。
◆五色の連合町内会長は了承したし、三原郡の連合町内会は特にいうことはないということだった。要望、抗議が来ているが、これはあそこが出すならうちも出そう、「一札入れておこう」ということもあると思われる。

3市の公募条件比較

3市の市名公募条件等を比較した。

北淡合併協洲本合併協南淡合併協
期間2003/7/10~8/312003/8/20~9/302003/2/1~3/5
応募者関係5町の住民誰でも可誰でも可
その他条件特になし
(旧町名使用可)
旧市町名を使用しない
淡路市(かな、カナ含む)は使用しない
既にある市の名前および
三原郡4町の町名は不可
商品など名付け親賞 1名 10万円商品券
 ほか
名付け親大賞 1名 10万円相当の商品券
ほか
名付け親賞 1名 10万円商品券
 ほか
応募件数1977件4740件6360件
名称種数359種類931種類2334種類
出典合併協だより合併協だより合併協だより合併協だより合併協だより合併協だより

南あわじ市

公募2334種類の中から、新市名小委員会で下記19候補に絞られる。公募においては三原郡4町の町名は使用しないこととした。

淡路サンライズ市、淡路市、あわじ島市、淡路みはら市、淡美原市(あわみはら)、うずしお市、おのころ市、国生市(くにうみ)、くにうみ市、淡南市(たんなん)、千鳥市(ちどり)、美島市(みしま)、みづほ市、南あわじ市、南淡路市、南兵庫市、みはら市、美原市、ゆずるは市

第12回協議会で19候補のうちから下記5件が選ばれたが、そのうち淡路市を除いて最終投票をすることとなった。《議事録

淡路市、淡路みはら市、おのころ市、南あわじ市、南淡路市

第14回協議会で最終投票が行われ、南あわじ市が最多得票となった。

南あわじ市 17票
南淡路市 7票
おのころ市 3票
淡路みはら市 2票

淡路市

公募359種類の中から、新市名小委員会で17候補(第1次選定)、10候補(第2次選定)に絞られる。なお応募作品一覧は合併協だよりで公開されている。

淡島市(あわしま)、淡路市、あわじ市、あわじ北市、淡路島市、淡津市(あわつ)、いざなぎ市、おのころ市、北淡路市、北あわじ市、きた淡路市、国生市(くにうみ)、くにうみ市、津名市、つな市、東淡路市、日の出市

淡路市、あわじ市、いざなぎ市、おのころ市、北淡路市、北あわじ市、国生市(くにうみ)、くにうみ市、津名市、東淡路市

第8回協議会で決選投票に進む3点を決めるための投票が行われ、下記の結果となった。

北淡路市 19票、 淡路市 16票、 北あわじ市 13票、 あわじ市 9票、 津名市 8票、 いざなぎ市 5票、 国生市 1票、 東淡路市 1票、 おのころ市 0票、 くにうみ市 0票

第9回協議会で決選投票が行われ、淡路市が最多得票となった。

淡路市 34票
北淡路市 2票
北あわじ市 0票

洲本市

公募931種類の中から、検討委員会が第1次選定により下記5種類に絞る。公募においては旧市町名は使用しない、「淡路市(かな・カナ含む)」は使用しないとしたが、「洲本市」の応募が多く寄せられた。なお、公募で件数が多かった、すもと市(706件)、シオン市(454件)、洲本市(380件)は選外となった。応募作品一覧はウェブサイトで公開された。

淡路島市、淡路中央市、あわじ中央市、洲本五色市、中淡路市

第10回協議会で投票が行われ、洲本五色市が最多得票となった。

洲本五色市 9票
淡路中央市 4票
中淡路市 2票
淡路島市 1票
あわじ中央市 0票

この後、第15回協議会開催後、半年以上の中断を挟み、第16回会議が開催される。この際に両市町長の署名入りの「洲本市・五色町の合併に関する基本的な考え方」が示され、この中で「新市名は洲本市とする」方針が示された。洲本五色市の名称については”名付け親賞”の当選者が決定していたことから、その受賞者にも経緯の説明が行われることになった。《議事録

参考資料

南あわじ市 合併までのあゆみ
緑町・西淡町・三原町・南淡町合併協議会
津名郡5町合併協議会
洲本市・五色町合併協議会

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